山五フォトブログ

平和を願いながら

投稿日時:2008/08/06(水) 10:55


先週にひき続き、大阪方面への環境に優しいハイブリッド式
車両拡販で30日 Business trip から自宅に帰り何故かこの日は
「人は祈る事の出来る動物だな」とそんなことに思いを馳せながら、
テレビのスイッチを入れた途端に飛び込んできたのが「洞爺
湖サミットで原子力発電所の増設を容認した」とそんな関連の
ニュ-スでした。

確かに原発は CO2、黒煙粒子等大気汚染に効果的で環境に
優しい一面をもっている反面、運転の安全管理、発生廃棄物の
処理等、大変な注意を払わなければならない面のあることを
忘れてはならないと思いながら、先ほどの思い「人は祈る事の
出来る動物」そして「スリ-マイル島・チェリノブイル原発事故」
「原爆」そして「平和の祈り」「迎える8月は広島、長崎、の
原爆投下、終戦を想う月」であること、このことが走馬燈の様に
頭の中を駆けめぐっておりました。

8/6日広島、8/9日長崎、原爆投下の日だな・・・・・と。
平和を祈る人々の輪の中に吸い込まれていくそんな感じで細君
の作ってくれる夕餉を待っていました。

愛とか、喜び、また平和、親切、善意、誠実、柔和、節制(自制心)、
広い心(寛容)、この基本になる生活の要素の欠落した世相が昨今
痛ましい事件となって報道されています。
憂うべき事です。

子を持つ親の責任の大きいことを思わされます。
  
さて、父も母も熱心な仏教徒でしたが、父は人類愛を、母は勧善懲悪
(人の道)を子供の心に刻みつけてくれていたのではないか、と思わ
されるのもこの原爆投下の日が近ずきますと、これに併せる様に
父と母の記憶が甦ります。

父は人の命の大切さと戦争の悲惨さを実体験の中から子供の
頃によく話してくれました。
父は軍隊で一番が二つあった(いつぞやも書いたことですが)
  一つ目は「鉄砲射撃の名手」で連隊で一番。
  二つ目は「マラソンの勇者」でこれも連隊で一番。
父が人の命の大切さを話してくれた事、母が子供の頃人のあるべき姿を
諭してくれた事、この事は子々孫々語り伝えたいものです。

父の戦争体験は、敵味方がそれぞれ塹壕に伏せながら敵陣めがけて
鉄砲で撃ち合いをするときに、人を狙って撃てば必ず命中させる自信
はあったが人にあたらない様に威嚇射撃で撃ったとの事でした。
夜になると片付け終わっていない友軍兵を犬が食べに来る、この犬は
撃ったものだと言っていました。
この父が「銃撃戦の中で、極限状態の中でも、敵であっても兵隊は
撃たなかった」と言って「人の命の大切さ」を戦争の経験の中から
子供達に平和、寛容(広い心)、節制(自制心)、を説いていた様に
思います。

母は、実家へ行くときは、何故か少し遠回りになる道、お城の
お堀端をいつも通ります。
お堀の蓮の花を指さしながら、天国の話、地獄の話を良くして
くれました、博愛、人の道、親切、善意、誠実、柔和、を説いて
いたのではないでしょうか。

原子爆弾が 8月6日に日本の広島に投下され、9日には長崎に・・・・・。
8月6日が近づくとこの事を、そして「父と母」を思い出します。と共に
「戦争と平和」に思いを馳せております。

この日は広島に原爆の投下された日。グアム島テニアン空軍基地
から飛び立った B-29 エノラゲイが投下した原子爆弾が 8:15.am.
に地上 500メ-トルで炸裂し一瞬にして約14万人の尊い命を奪って
いった。
また 9日には長崎に B-29爆撃機 ボックスカ-が 11:02.am.に
原爆が投下され、第二次世界大戦の終わりを告げる出来事でした。
第二次世界大戦は支那事変が始まりで世界大戦に拡大していった。
この悲惨な戦争を繰り返してはいけない。
この支那事変に父が従軍していた、そのときの話が先ほどの父の
話です。

子供の頃に、父が「人の命の大切さ」を話してくれた事、
母が「人の道を」諭してくれた事、この事は子々孫々語り伝えたい
ものです。

平和を願いつつ。
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